感情の麻酔としての酒

※この記事は『キリン 一番搾り』『ほろよい』のなんかゆずのやつを飲んで書かれた。

僕は不安がりだ。あらゆる締め切りにひどく不安になる。そんなときに効くのが酒だ。酒は感情を鈍らせ、不安が緩和される。能力を低下させる酒を飲むという行為自体が、不安の原因を恐れていないと自分に言い聞かせることにもなる。単純に自分を傷めつけるのが楽しいというのもある。

良くない習慣だ。なんでもかんでも不安になる脳の方が良くない。カス。人生終了。もしメンタルが強靭だったら研究でこんなに苦しんでないよ。最初の興味のあったテーマで貫徹していたはずだ。多分。Dの先輩のやってることを聞くと面白そうだし俺がM1の頃に検討していたテーマに近くて「どうしてそれをやっているのが俺じゃないんだ」という気になる。気合が足りなかった。

8時間後に修論発表だ。研究無理無理って思って諦めようとしたのに周囲の人に止められて続けて今に至るので、今更修論不合格になろうとなんとも思わない。僕に言わせれば順当な結果だ。あんな研究。アルコールを切らすな(カメラを止めるなではない)。

家は買うべきか

ルーチン通りに洗濯に行こうと思ったが、前回の洗濯が遅れたために洗濯物の量が少ない。そこで布団のカバーを洗うことにした。かさばるが適当に放り込めば洗える。

洗濯の間に食事をしようと思って歩いていたら、道端で家を売る人たちが今日もいた。道端で家を売るというのはどういうことかというと、道端に立って近所のマンションに興味はないか声を掛けて回るのだ。そんなマッチみたいなノリで道端で家買う人間いるわけねえだろと思って毎日眺めていた。そんな彼らが今日もいたので思わず笑ってしまったのだが、それが悪かったようで歩いてきて声を掛けられた。特に急ぐ用事もなかったので興味本位で話を聞いた。

オープンハウスという不動産会社の若手社員だった。彼の言うところでは、若い会社員でもマンションを買うべきだというのだ。他人の持ち物に家賃を払うくらいなら毎月ローンを払う方がいい、のちのち貸せるという主張らしい。もちろんそれは道理なのだが、人に貸せるように家をメンテナンスし家賃を徴収するのも楽ではない。

「だから家を買う気はない」と書こうと思ったのだが、調べてみると老後は賃貸が借りにくくなるというリスクがあるらしい。率直に言って老後のことなどほとんど考えていなかった。どうしたものか…

もうちょっといろいろ書くことがあったのだが、自分はどうやって死ぬのか考え始めたらド鬱になってきて無理だ…

厳罰化を望む人々/明日は茶番の卒論発表会

※この記事は『STRONG ハードレモン』を飲みながら書かれた。

↑不味い。非常に不味い。そのくせアルコールは強い。最悪だ。

自分が犯罪被害にあったわけでもないのに「厳罰に処せ」「厳罰化しろ」などと主張する人間がネット民には大変多いが、理解できない。自分と関係ない人間が厳罰に処されることで何の利益がある?おそらく社会心理学の視点から説明可能なのだろうが。何でもかんでも厳罰化を主張する人間は自分が罰される側になることは決してないと思っているのだろうか。それは思い上がりだ。国家はいつあなたに牙を剥くかわからないし、その気になればあなたを(そして私を)殺すことくらい簡単にできる。

僕は警察を信用していない。法律を理解しているかも怪しい人間が拳銃を持って歩いているのが怖い。ろくにものを知らないままで人を逮捕するし、取り調べも不透明だ。でも泥棒に入られたら警察呼ぶんでそのときはよろしく。税金から給料もらってるんだからちゃんと働けよな。

そんな警察に個人情報を漏らしている企業があるらしい。よってTカードは解約し、CCCには個人情報の削除を要求する。書類を郵送しないと受け付けてくれないとのことで、手続きのハードルを上げることでその手続きをさせまいとする姿勢はまさしくカスだと思うが(ビジネスとしては正しい)、時間があるうちにやる。悪を許すな。

明日は10時から18時まで学部生の卒論発表会を聞く。大学院生は積極的に質問することが期待されているようだが、正直言って興味はないし憂鬱だ。本気で卒論生を潰して良くてそれで金がもらえるなら少しはやる気も出るが…。現状では卒論生を落とすことで誰にも利益が発生しない。それは卒業生の質保証を誰も信用していないからだ。もし生半可な成果では卒業できないことが保証されている学科があれば企業はその卒業証書を信用して採用するだろうが、そんな企業はほとんどない。大学の卒業証書なんかに価値はなくて、だから企業独自に採用プロセスを設けている。僕だって卒業が確定してないのに内定出てるし。

心理学にもそういうところはある。伝統的な研究法が再現性のない研究を量産しているにもかかわらず、心理学の作法に則ることが重視され、実質的に人類にとって価値のある科学的貢献をしているかどうかは気にされない。心理学のことも研究のこともわからないまま修士だけ取って(予定)就職する(予定)人間の戯言だから忘れてくれ。

卒論なんてものは時間が限られている以上まともな成果は出ない。卒論発表会の質疑応答というのはそれをわかった上でやりすぎないようにプロレスをするもので、下らない。成果が出るとすればそれはラボがガチガチにサポートしたテーマに限るし、そんなものは今更聞いても面白くない。卒論ならではの遊び心のあるテーマの発表が多く聞けたら嬉しい。

僕は研究をする人間ではなかった。せいぜい新書か教科書を読んで面白い知識を身に着けて自己満足に浸るのが関の山だ。研究は大変だ。世界中の研究者が好き勝手な切り口で行った実験を読んで理解するのも大変だし、参加者を集めてくるのも大変だし、ろくな結果が出なくても修論は書かなければならないのも大変だ。金ももらえないし。

今日もまとまりのない日記になった。生き方に締りがないからこういうことになる。酒が不味い。

河原の石をひっくり返すとなんか気持ち悪い虫がいっぱいいる

それと同じようにツイッターも物議を醸しそうなツイートのリプ欄を見ると異常者がいっぱいいる。世には僕と同じ一票を持った異常者がこれだけいるのかと思うと気が遠くなる。

もう隠す必要もないと思うが、僕はそういう人間を見下しているし、消えてほしいと思っている。自分と意見が合わないから消えろというわけではない。ものを知らない・調べない・嘘でも気にしないというような人間が許せない。あとついでに僕の生命・財産・社会的地位を脅かす人間も(これは誰でもそうだろう)。

実際に人を「消す」と国家によって僕が殺されるので我慢しているが、ツイッターの提供する機能を使って実質的にたくさんの人を消している。この国だけでも1億人以上、この地球には75億の独立した思考体が存在しているなんて信じられないし絶望的な気持ちになる。人が人を簡単に殺せる以上、この75億のうち誰か1人でも僕を殺したいと思ったら僕は死ぬ。それにうまい具合に協力しないと今度は気候変動とか核戦争とかで全員死ぬ。何もしなくてもあと50年くらいで死ぬ。この世界で生きていける自信がまったくない。

そろそろお気づきかと思いますが、異常者は僕だよ。

友達

※この記事は『チューハイ気分 グレープフルーツ』を飲んで書かれた。

今の僕は友達が少ない。1・2年生の頃は2つのサークルを掛け持ちしていて人間関係には恵まれていたが、3年生になるとキャンパスが変わる関係でどちらのサークルからも疎遠になってしまった。大学院生になると同級生は就職したり、他のキャンパスに行ったりしてさらに遠ざかってしまった。それと入れ替わりに研究室で過ごす時間は増大したが、同室の研究室のメンバーは僕含め去年2人、今年3.4人(1人は週2日なので)だ。

なぜこんなことを言い出したかというと、実験の参加者集めの過程で昔の友達に多く声をかけているからだ。「昔の友達」という言い方は微妙だが、かつては週に複数回会っていたのに現在では特に会う用事がなく、数カ月に1度偶然会うだけになってしまった人間を「昔の友達」と呼ぶのは間違っていないだろう。

学年が上がるに伴って状況が変化したのはそうだが、僕が友達と友達であり続けるための努力を怠ったのも現状の一因だろう。もう少し努力しておくべきだったと後悔している。

孤独は危険だ。イギリスには孤独担当大臣がいるとかいう冗談かマジかわからないニュースを聞いたことがあるが、下手をすると全く音声言語を使わずに1日が終わったりしてそれはやっぱりヤバいと思う。

一人暮らしもよくない。異性でも同性でもいいので、とりあえず一緒に暮らして精神を支え合える人が欲しい。人類史的にはそういう役割は異性がメジャーらしいが僕はどっちでもいい。

大分無理

おおいたではない。僕は特に大分県に関わりはない。正直に言えば場所も正確には覚えていない。小学生の頃には都道府県の場所は覚えていたし、県庁所在地も主要な山河も覚えていたが、もう忘れた。

今日は大分辛かった。長く研究室にいても進捗は微々たるもの。特に進められない理由があるわけではないが、集中できない。食堂で食うものは選べないし、階段は登れないし、いつもはなんとも思わない暗い廊下が怖いし、なんでもないことでものを放り投げて暴れたくなるし、帰り道は自転車で小さい子供を轢いてしまえば救われる(何から?)のではないかと考えていた。

自分が病気なのかどうかはどうでもいい。真っ当なことを考えて真っ当に作業を進められるようになりたい。昔のことが思い出せない。僕は普通に生きていた気がするんだが。

今日のUI心理学

1.3は目標によって知覚が変わるという話。元気がないので有名なアレを貼って終わりにする。白のチームが何回パスするか数える。

人間、見ようと思ってないものはマジで全然見えてない。注意の「目標の情報処理を加速する」という機能はそれ以外の情報処理を切り捨てることと表裏一体だからだ。「change blindness」「choice blindness」でも面白い現象が見つかるのでググッて。

ストロング破滅

※この記事は『STRONG9 グレープ』を飲んで書かれた。

何をどうするべきか、どうやってやるべきかわからず、わかっても不安で手がつかなかった。

昔はこんなではなかったはずだ。ときおり不安が押し寄せるようになったのは大学3年生の頃で、学期のはじめが多かった。学内の精神科はいつも満員御礼で、医者にかかれたころにはすでに時間経過で治まっていることが多かった。原因は環境の変化によるストレスだろうと言われた。

大学院に入ってからは悪化した。数週間の間大学に行けない時期もあった。2年計画の修論のプレッシャーを受けつつ、それに寄与しない目先のタスクをこなさねばならない状況が辛かった。壊れたり治ったりを繰り返しつつ今年度は大学にずっと来ているが、それは修論を書かねばならないからだ。不安は収まらない。むしろ常に不安とともにある。

僕の不安は環境によるものであってほしいが、ストレスは脳を永続的に変化させることもあるので「大学院にメンタルを破壊された男」として一生生きていくのかもしれない(言ってみたかっただけ)。

こういう記事は「なんだかんだ言って修論提出できました!」という状況で書きたいものだが、残念ながら修論はまだ書けてないしなんならデータもこれから取る。先行きは不透明だ。研究は結果が保証されていないからこそ研究であるにもかかわらず、なぜか修士は2年が標準修業年限となっている。不思議なことだ。

アカデミックの世界に生きている人間は尋常ではない。専門知のみならず自己管理能力や事務処理能力だって格段に優れているにもかかわらず、この世界に残るためにそれに見合わない待遇で働いている。理不尽にもじっと耐え、金になるわけでもない「業績」のために血道をあげる。

僕はそうは生きられない。僕に彼らの気持ちはわからないし、たぶん彼らにも僕の気持ちは分からないと思う。

猛烈にしんどかったのでいつもどおり破滅願望を充足するために強い酒を買ってきた。心のどこかでは急性アルコール中毒でうっかり死んでしまわないかという期待もあったが、どうにも上手く行かなかった。

帰ってくるともう夜で、明日起きたら大学に行かなければならない。やるべきことは無限にあるが、途方もない無限の壁に立ち向かう力がないので壁に手をかけることすらできない。僕はその程度の人物だ。一生こんな調子で生きていくのだろう。もとより自分が特別な天才でないことはとっくに知っている。大学入試は得意だったが、多くのことを記憶する能力や制限時間内で所定の回答に接近する能力は研究や仕事の能力に関係がない。

今日のUI心理学

1.1.4 注意の瞬き(attentional blink)

何かに注意が向いた直後に500ms程度の情報処理ができない時間が生じる。たくさんの画像を連続的に表示するRSVP課題(Rapid Serial Visual Presentation)を用いて研究されている。

この動画のタスクは簡略化してある。もとのタスク(Raymond, Shapiro & Arnell, 1992)は

  1. ひとつだけ表示される白い文字はなんだったか(他は全て黒)
  2. Xは表示されたか(Xは白い文字の後に表示される)

を同時に課すと、白い文字のあと180ms~450msのあいだXの見落としが多いというものだった。270msが最も見落としが多く、半分ほど見落とす。

複数の情報処理が並行するとパフォーマンスが低下するという現象を説明するために認知資源という言葉が使われる。有限の情報処理のリソースを配分しているという意味だ。もちろん脳にはCPU時間のような明確な情報処理リソースの指標があるわけではなく、これはアナロジーにすぎない。

参考文献

自律神経

※この記事は『極搾り りんごチューハイ』を飲んで書かれた。

どうも調子が悪い。ロフトベッドが冷えないせいで睡眠の質が悪い。朝起きたときに全身がだるい。食欲も狂っていて、夕方に一食だけした。食事が遅れると食欲は強くてたくさん食べてしまうが、胃の処理能力は変わらないので辛い。

松屋にケイジャンチキン定食が復活している。僕は松屋の期間限定メニューは必ず食べているが、ケイジャンチキン定食は『ごろごろチキンカレー』や『キムチ牛とじ丼』に並ぶ傑作なので食べるべき。熱くて辛くてよくわかんないけど美味しいし。大きく切られた鶏肉の満足感もさることながら、絶妙な硬さのキャベツにケイジャンソースを絡ませてライスで食べるのもよい。

明日は高校生相手のちょっとした仕事がある。大学院生としては劣等生だが、高校生相手ならちょっとは偉ぶれる…などと考えている自分が嫌だ。ただ、僕が大学1年生のときのある授業で心理学の面白さを知ってこの道に進んだように、人生にはきっかけというものがある。明日は僕がそのきっかけになるかもしれないということは意識して臨みたい。

はよ寝ないと。