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日記

知性の境界

科学政策の文脈で研究者がよりよい環境を求めて海外に出ることを「流出」などと表現する。この言葉遣いには違和感があって、科学者の成果というのは論文にして公開されるのだから研究者がどこの国にいようと関係ないと思うのだ。言い換えれば優秀な科学者の成果は世界中どこからでも利用可能なのだから、「自国の」科学研究能力を高く保つ意味はない。むしろ他国の研究者の成果にタダ乗りしてそれを応用して儲けるのが合理的なのではないか。

無論そんなことはない。2つの反論を思いつく

第1に、日本人が日本で研究しないと誰もやらないテーマの研究が廃れる。日本に関する研究は日本で研究するのが便利だろう。

第2に、こちらの方が大事だと思うんだが、研究者によって育てられる裾野の人材が減る。研究者が一人もいない国を考えてみればいい。現在の大卒に相当する人材は留学経験者しかいなくなる。

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