Nコン2019中学校の部

10/14(月)

Nコン中学校の部を途中から見た。豊島岡と郡山5が銅で文の里が銀というのは波乱だが清泉の金は妥当だったろう。

自宅のネット回線の工事があってから速度は上がったけどGoogleとYouTubeで特大の(数十秒)のstallが発生するようになっていた。ISPにもっとデータが欲しいと言われたので毎分curlして所要時間をcsvにまとめるスクリプトを書いた。

Kyashを止められて復活した/cilliaとしらスタ

Kyashを止められて復活した

昨夜Kyashで映画のチケットを取ろうとしたら僕のKyashが凍結されていた。調べてみるとよくあることらしい。違反行為に心当たりなどない旨を届け出たところ、今日には凍結が解除された。あっさり止めて、チェックしたらすぐ戻すというのはいかにも今風のスタンスだと思った。

Kyashはスマホアプリであり、支払いサービスだ。クレジットカードやコンビニ支払いなどでKyashにお金をチャージする。各ユーザーにはVISAの番号が付与されていて、チャージした範囲内でデビットカードのように支払いを行える。クレジットカードによる自動チャージを登録しておけばチャージを気にする必要はない。現金じゃないのに「キャッシュ」なのでとても迷惑なネーミングだ。

そんなことをして何のメリットがあるのかと思うだろうが、2%という無視できない量のポイントがつく。どこでどういう仕組みで価値が発生しているのかイマイチわからないが、とにかくKyashの運営者はがっぽり儲けていて、2%ものキャッシュバックを行うことができる。

実はわからなくもない。店から手数料を取っているのだ。店はKyash支払い対応というメリットを買い、それによって集客力を高めている。

cilliaとしらスタ

cilliaというボカロ調教師がいる。ボーカロイドを人間らしく発声させるためには繊細な調整が必要であり、cilliaはそれが超うまい人だ。彼女が米津玄師の『海の幽霊』をカバーした動画がこれだ。

さらに、しらいしりょう(しらスタ)というYouTuberも紹介したい。彼はボーカルトレーナーであり、いろいろなヒット曲の歌い方を分析してわかりやすく説明する動画で支持を伸ばしている。

ボカロに歌わせるのも人に歌を教えるのも、人間が陥りがちなミスを防いで意識的に表現を組み立てていかねばならないという点では同じだ。全然違う方向から知った2人が同じようなことをしているのがなんとなく面白くて紹介した。

既存の作品をコピー・カバーするだけのものでもそこには必ず自分の色が加わるので世界の人々にはどんどんそういう遊びをやってもらってニコニコ動画に投稿してほしい。

 

久々のクソヨッパ/『喜びの島』

※今は18日の47時だ。

会社の古株の人たちと食事をする機会があり、昔の話や今がどう見えているかなどを聞いた。僕の長所も視野の狭いところも指摘してもらって勉強になった。

12時過ぎに帰宅した。帰り道を歩くのはそれほど苦ではなかったが、それでアルコールが回ったのだろうか、帰宅してからかなり酷いことになってしまった。まず1時間床で寝て、その後猛烈な悪寒と乾き、吐き気に襲われた。真面目に救急車を呼ぼうかと考えたが、そんな大事ではないだろうと迷いつつひたすら水を飲み続けたら1時間くらいで落ち着いてきて、朝には軽い頭痛が残るだけだった。

ここまで酷い酔い方をしたのはM1の秋に助教と限界紹興酒バトルをしたとき以来だ。ちなみにそのときは同期にタクシーで家まで送ってもらった。しばらく酒をやめようとも思うが、毎日平和な量を飲むことを避ける必要はなく、むしろ3ヶ月に1度であっても健康を害するレベルで飲むことがよくないのだ。これは習慣ではなく確率の問題であり、回避するのは難しい。

25歳になって酒の飲み方もわからないのが僕だし、命の危険を感じても救急車を呼ぶという行動すら起こせないのが僕だ。極限の体験はその人間の限界を浮かび上がらせる。

「浮かび上がらせる」で思い出したことがある。中学生の頃、吹奏楽部でドビュッシーの『喜びの島』という曲を演奏した。ドビュッシーはフランス人なので楽譜の指示にもフランス語が使われていて、そこに「dehors」という言葉があった。馬鹿正直に調べると「外側で」という意味だが、演奏の指示で「外側で」では意味が通らない。

翌日先輩の楽譜を見ると「浮き立たせて」とメモしてあった。なるほど、わからなくもない。翻訳というのは面白いものだと思った。

『喜びの島』は本来はピアノの曲だ。吹奏楽は比較的新しいジャンルなので吹奏楽のために書かれた曲というのは少なく、それゆえクラシックの名曲を吹奏楽に編曲して演奏することがよくある。編曲は悪いこととは思わないが、しばしばコンクールの時間制限のために原曲の意図を無視したカットが行われる。これは良くない。良くも悪くも吹奏楽というのは学校の部活が中心であり、学校の部活というのはコンクールが中心になる。その弊害だ。

この曲の特徴は全音音階だ。普通音階というのは1オクターブを12音に区切って7音を取り出して使うのだが、全音音階では1音飛ばしで6音を取り出して使う。すると全ての音と音の間隔が同じになり、独特な雰囲気が生じる。

ニコ動で適当に探していたら素晴らしい演奏を見つけたので貼っておく。フランスの曲というのは本気にならず気まぐれな態度で演奏するのが良いんだ。

任天堂の音楽

※この記事は『金麦』を飲んで書かれた。

なにやら任天堂の発表会があるらしく、プログラムを書きながら聞いていた。任天堂が世界に冠たる企業であることは知っているし、その作品が高く評価されていることも知っているが、僕は任天堂のゲームをあまりやったことがない。というかゲームをあまりやったことがなかった。強いて言えばポケモン赤とポケモンホワイトはどちらも発売からかなり経ってからやったが、ネタバレを知った状態だったしそれほど熱心ではなかった。

その程度の任天堂認識の僕だったが、Nintendo Directはどのゲームも音楽が素晴らしく聞いているだけで楽しかった。大してゲームをやっていない僕でもどこかで聞いて覚えている音楽がたくさんあったのはすごいことだ。

なにか任天堂のゲームをやってみようか。と思っても任天堂のキャラクターをあまり知らないので何をやれば楽しめるのかよくわからない。もう出来上がっている世界観に参入するのはハードルが高く感じる。年をとってしまった。遊ぶ時間もそんなにないし。

発信は大事/J.S.バッハ『ブランデンブルク協奏曲』第5番

※この記事はゆずサワーと洋梨サワーを飲んで書かれた。

↑薄かった。

会社員になって思うことだが、ブログを通して僕のことをスムーズに知ってもらえるメリットは大きい。発信は大事。

感情はあります。

J.S.バッハの『ブランデンブルク協奏曲』は6曲の合奏協奏曲であり、独特な楽器の組み合わせが面白い。第5番はフルート+ヴァイオリン+チェンバロ+合奏だ。第1楽章の3割(上記音源だと-3:18~)がチェンバロソロという大胆な構成になっている。

少人数のアンサンブルにも大人数のオーケストラにもそれぞれ魅力があるが、僕はこのくらい(各パート1〜3人くらい)の規模の合奏が連携の妙と集合のパワーを両方楽しめると思う。ブランデンブルク協奏曲は他にも9人が全員違うパートを担当する第3番や、ヴァイオリンを抜いて中低音のみで演奏する第6番が好きだ。

ある人の言うところによるとクラシック音楽とは「単純な音のパターンに多くを込める」スタイルだという。ただ一つの音の強さが絶妙であるというだけで泣くほど感動することもある。

感情あるっつてんだろ!酔ってるのでまとまりません!!終了!!解散!!!

『バーチャルさんはみている』に関する所感

バーチャルユーチューバーのブームには乗れずにいる。ねこますは好きだったが、彼の制作体制ではフェードアウトしていくのは必然だっただろう。どんな皮を被っても人間は人間だし、ほとんどの人間は面白くはない。面白くない人間が無理して面白いことをしているのを見る辛さはユーチューバーでもバーチャルユーチューバーでも同じだ。

だからドワンゴの新作アニメがバーチャルユーチューバーのアニメだと聞いたときは、「やはりか」という思いと同時に落胆した。新たに設立した制作会社の1作目でスケジュールが悪いという情報もかなり心配だ。エヴァコラボについても23年前のアニメを引っ張り出してきてそれを知っている世代に訴求する戦術は未来につながるのだろうかという疑問がある。

一方で中田ヤスタカの起用には驚いた。彼は現代の天才音楽家だ。僕の観測範囲の最近の作品では『透明人間』のサウンドトラックが良かった。すでに公開されているPVで彼の作曲と思われる音楽が聞ける。このためだけに視聴する価値があるほどの人選だ。

いろいろな思いはあるが、何はともあれアニメは見なければわからない。情報公開から2週間後には放送開始という凄まじいスピード感に驚いているが、1話が楽しみだ。

グリーグ:組曲「ホルベアの時代より」/モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク/チャイコフスキー:弦楽セレナード(モスクワ・ソロイスツ/バシュメット)

Spotifyで聞いたアルバムのレビューをしようと思ったんだが、いざタイトルを決めようというときにググラビリティを考えるとこうせざるを得なかった。
弦楽合奏のための曲が3曲収録されている。僕は3曲とも高校時代に演奏した。

グリーグ『ホルベアの時代より』

好きな演奏ではなかった。まず出だしの印象が悪い。第一楽章ははつらつとした曲なのに生き急いでいるような、それでいて陰のある表現になっていてなるほど新鮮ではあるのだが、この曲の魅力を引き出していない。ド→ソ→ド→ソと上昇してパートごとにスケールで急降下し、ヴァイオリンがユニゾンでメロディを演奏する最大の盛り上がりも奇妙に神経質な表現になっており爽快感がない。期待を外す面白みというのも確かに存在するが、ここではハマらなかった。

全曲を通して言えることだが、複雑なリズムパターンが正確に組み合わせることによって音楽が完成する仕組みになっているのにもかかわらず、速い演奏に固執して弾きとばしている箇所が多いのがよくない。

チャイコフスキー『弦楽セレナード』

細部への過剰なこだわりが鼻につく。だが第二楽章はそのこだわりがいい方向に作用している。パート内で統制が取れているがゆえにパート間の細かな掛け合いが高いレベルで完成している。低弦にメロディーが移ったときもスピード感があってよい。音楽の流れを重視するスタイルがロシアワルツに合っている。第三楽章も響きの美しさがプラスに作用していた。第四楽章はパワー不足だった。

モーツァルト『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』

ここまでの評を見れば予想できるかもしれないが、この楽団のスタイルはモーツァルトに合う。おそらく各パートの人数が少ないのだろうが、透明感のある音色や正確な音程が流麗な音楽をよく具現化している。特に第四楽章はすべての刻みが明瞭に聞こえてきて気持ちが良い。

この部分の2ndの合いの手を弦を擦るゴリゴリとした音まで聞こえてくるほど強調していて驚いた。モーツァルトの技巧が隅々まで感じ取れるいい演奏だ。

Spotifyとクラシック

Spotifyはいい。曲数はApple Musicにやや劣るが、WebプレイヤーやLinux用のデスクトップアプリケーションが提供されている。「アニメ」ジャンルが存在しないのが不便だが、ユーザー間でプレイリストを共有する仕組みが発達しており、それで補っている。デスクトップアプリケーションで日本語入力ができないのは腹立つので早く直してほしい。

クラシック音楽はやたらと配信サービスに積極的だ。日本のポピュラー音楽だと2曲に1曲くらいは未収録だったり独自の配信サービスで独占していたりするが、クラシック音楽は95%くらいは探せば見つかる。調べたわけではないが、2つの要因が思い当たる。

第一の要因は物理CDが売れないことだ。クラシック音楽のファンはポピュラー音楽に比べれば少ない。一方で言語に依存しないので同じ演奏が世界中で売れる。となると流通のコストが抑えられる配信サービスのメリットが大きい。

第二の要因は過去の演奏の価値が減らないことだ。クラシック音楽はそもそも時代の流れに耐えた曲だけが残っているので、古い曲の価値が減るということはない。熱心なオタクはいろいろな演奏を渉猟して比較検討するのでどの演奏も細々とした需要が長く存在する。となると昔のCDを少しずつ生産し続けるよりは配信にしてしまったほうがやはりコストが抑えられる。過去の演奏の音質が悪いことは既に受け入れられているので配信音質でも問題がない。

LMMSでLinuxDTM

好きな曲を耳コピして遊ぶことがある。Windowsを使っていた頃はDominoを使っていたが、Linuxでどのソフトが適任かわかりかねていた。現状の結論としてはLMMSが良い。

LMMSはaptで入る。

sudo apt install lmms

特別最新版にこだわる理由がなければこれでよい。

LMMS初心者がつまづくのは音源だ。LMMSのデフォルト音源はよくない。なぜか入力と音高がズレているし、単純に音が悪い。プラグインのsf2 Playerを使ってフリー音源を読み込む。僕はFluidSynthとSGM-V2.01を入れた。

ググればそれぞれの.sf2ファイルが見つかるので、ダウンロードして~/lmms/samples/soundfontsに置いておく。

左端のバーからInstrumental pluginsを開き、sf2 Playerをソングエディタにドラッグする。するとトラックが追加されるのでクリックしてプロパティを開く。

FILEの右にあるフォルダマークをクリックし、先ほどダウンロードした.sf2ファイルをインポートする。その後PATCHの右のスパナのマークをクリックして音色を選択する。ソングエディタの黒い四角が並んでいるエリアをダブルクリックするとピアノロールが開き、後はDominoと同じ感覚で入力する。弱点はピアノロールに複数のトラックを表示できないことだ。

WindowsでできていたことのほとんどはLinuxでもできるが、DTMだけはできていなかった。しかしLMMSはきちんと使いこなせばDominoと同等のことはできそうだ。

なんでもかんでもLinuxでやるおじさんの次の目標はSteamゲーム『Hand Simulator』をやることだ。脳による身体のコントロールはそれなりに学んできたので、その過程を全部バラして自分の体を動かすことがどれだけ難しいかを再体験するゲームとして興味を持っている。

Steam Playを有効化すれば起動は可能なのだが、おそらくフォントの問題で文字が全く表示されず、ゲームを開始できない。

あと一歩のところまで来ている感じはする。以前は起動前のオプション画面ですら文字がなかったが、今は表示されるようになっているので改善も進んでいるようだ。

Linuxの未来は明るい。