寛容

※この記事は『Asahi クリアセブン』を飲みながら書かれた。

↑まずい。

今日はクソ酷いミスをして人に迷惑をかけてしまったのだが、さらりと許してもらえた。僕もそういう人間でありたいと思う。食堂の給茶機の順番待ちに割り込まれても笑顔でいられるようになりたい。

これまでaptで入れていたChromeを公式debから入れ直したことでバージョンが70になった。タブのデザインが変わり当たり判定が増えたのもそうだが、何より素晴らしいのは拡張機能のSpeedDialが正常に機能するようになったことだ。これまでは4列に設定するとなぜか右にスペースができてしまってとても気持ち悪かったのだが、それがなくなりきちんと中央に配置されるようになった。

Hyperappのプログラムをいじっていたのだが、actionは引数を1つしかとれないということを学んだ。そういうプログラムになっているのはそうとして、そうしている理由はなんなのだろう。

Actions

The only way to change the state is via actions. An action is a unary function (accepts a single argument) expecting a payload. The payload can be anything you want to pass into the action.

取越苦労

今日はゼミの発表の番が来る可能性があったので徹夜で準備したが、来なかった。それも人生。

最近はMastodon関連記事へのアクセスが多い。誰かの参考にはなっているのかもしれない。既に古くなっている部分もあるのでもう一度まとめ直したいなあ。

徹夜

久々だ。たぶん前回は8月中旬?

人生には徹夜が必要になることもある。

今日は顔合わせの飲み会があったが、僕がそこで求められている役割を果たせたかはよくわからない。人間関係は「とても」難しい。僕が珍しく強調の形容詞を使っているということの意味を汲んで欲しい。

tear

一人暮らしの学生としての自分と両親の息子としての自分の距離は6年間かけてどんどん広がり、今ではその間を行き来するのが負担、もっと言えば苦痛だ。どちらの自分も正しくないような気持ちになってひどい不安に襲われる。どうしてこうなってしまったのだろう。

身体の疲労と精神の苦痛を合わせて数年に一度と言っても過言ではない辛さを感じている。今の自分の正しさに自信がなくなったので研究をやり遂げる自信も失われてしまった。

世間一般で共同体であると信じられているものを僕は信じられない。個人主義に基づいて行動する各個人が共同体を形成できるとは思わないからだ。基本は孤独であってその中にいくつかのつながりが見つかれば御の字だと思う。孤独の到来を予見した夏目漱石の卓見ぶりを思い知る。

思いがあふれるのに思考はめちゃくちゃで全然文章にできない。誰か助けてくれ。誰が?何から?

初の自宅外更新

※この記事はInternet Explorer10で書かれた。

明日の用事に備えて、今日は現場の近くの宿にいる。
思えば6月に書き始めてから自宅以外の場所で日記を書くのは初めてだ。

なぜか大学は6年目なので、学生一人暮らしの自堕落な生活も6年目ということになる。当初は寂しさを感じたこともあったが、今では誰かと一緒にいるときの方が気を遣わねばならないと感じる。

孤独は危険(辛いとか苦しいではなく)だが、誰かと生活の基盤を共にすることもまた楽ではない。同じ感覚の人間とシェアハウスをして良いとこ取りしたいというのは虫のいい発想だろうか。

人とどのような距離で生きるかという問題、言い換えれば自由と安心をどの割合で維持するかというのは一生を大きく左右するだろうが、僕は環境を変えることが苦手で現状に固執してしまうのでよろしくない。