NHKから国民を守る党の政見放送を見た

ツイッターで話題になっていたので急いでテレビをつけた。こんなの笑うでしょ。お笑いとしての完成度が高すぎる。ネタバレしたくないので見てから続きを読んでね。

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社内LT/『きみと、波にのれたら』

※最近は酒を飲んでいない。

昨夜は退勤後に映画を見に行く約束があったのだが、少し時間があったので社内で開催されていたLT会を聞きに行った。LTはライトニングトークの略で、短時間のプレゼンテーションのことだ。ドワンゴでは毎週エンジニアLTがあり、仕事と関係あったりなかったりする情報が交換されている。情報共有が仕事のアウトプットにも繋がってくるということが最近わかってきた。

昨日行ったLTはエンジニアLTではない違うテーマのLTで面白かった。自分と違う部署や職種の情報は意識的に取り入れていきたい。

その後上野で『きみと、波にのれたら』を見た。まあまあ楽しい映画だったが見た後に語りたくなるほどの内容はなかった。

それでも湯浅政明は偉大なアニメ監督だ。なにが素晴らしいって仕事が早い。

  • 『ピンポン THE ANIMATION』(2014年4月)
  • 『夜は短し歩けよ乙女』(2017年4月)
  • 『夜明け告げるルーのうた』(2017年5月)
  • 『DEVILMAN crybaby』(2018年1月)
  • 『きみと、波にのれたら』(2019年6月)
  • 『映像研には手を出すな!』(不明)
  • 犬王』(2021年)

この制作ペースは異常だ。劇場長編を主戦場とするアニメ監督を挙げると、細田守も新海誠も最近は3年間隔で、原恵一はもっと遅い(コナンとかクレしんとかはノーカン)。

具体的な要因を考えてみると、Flashの大胆な採用による作業効率化や副官チェ・ウニョンの存在が挙げられるだろうか。

一生で一本歴史に名を残す名作を作るのもいいが、早さも大事で、しかもそう簡単に身につくものではない会社員になってからは特にそう思う。

Kyashを止められて復活した/cilliaとしらスタ

Kyashを止められて復活した

昨夜Kyashで映画のチケットを取ろうとしたら僕のKyashが凍結されていた。調べてみるとよくあることらしい。違反行為に心当たりなどない旨を届け出たところ、今日には凍結が解除された。あっさり止めて、チェックしたらすぐ戻すというのはいかにも今風のスタンスだと思った。

Kyashはスマホアプリであり、支払いサービスだ。クレジットカードやコンビニ支払いなどでKyashにお金をチャージする。各ユーザーにはVISAの番号が付与されていて、チャージした範囲内でデビットカードのように支払いを行える。クレジットカードによる自動チャージを登録しておけばチャージを気にする必要はない。現金じゃないのに「キャッシュ」なのでとても迷惑なネーミングだ。

そんなことをして何のメリットがあるのかと思うだろうが、2%という無視できない量のポイントがつく。どこでどういう仕組みで価値が発生しているのかイマイチわからないが、とにかくKyashの運営者はがっぽり儲けていて、2%ものキャッシュバックを行うことができる。

実はわからなくもない。店から手数料を取っているのだ。店はKyash支払い対応というメリットを買い、それによって集客力を高めている。

cilliaとしらスタ

cilliaというボカロ調教師がいる。ボーカロイドを人間らしく発声させるためには繊細な調整が必要であり、cilliaはそれが超うまい人だ。彼女が米津玄師の『海の幽霊』をカバーした動画がこれだ。

さらに、しらいしりょう(しらスタ)というYouTuberも紹介したい。彼はボーカルトレーナーであり、いろいろなヒット曲の歌い方を分析してわかりやすく説明する動画で支持を伸ばしている。

ボカロに歌わせるのも人に歌を教えるのも、人間が陥りがちなミスを防いで意識的に表現を組み立てていかねばならないという点では同じだ。全然違う方向から知った2人が同じようなことをしているのがなんとなく面白くて紹介した。

既存の作品をコピー・カバーするだけのものでもそこには必ず自分の色が加わるので世界の人々にはどんどんそういう遊びをやってもらってニコニコ動画に投稿してほしい。

 

久々のクソヨッパ/『喜びの島』

※今は18日の47時だ。

会社の古株の人たちと食事をする機会があり、昔の話や今がどう見えているかなどを聞いた。僕の長所も視野の狭いところも指摘してもらって勉強になった。

12時過ぎに帰宅した。帰り道を歩くのはそれほど苦ではなかったが、それでアルコールが回ったのだろうか、帰宅してからかなり酷いことになってしまった。まず1時間床で寝て、その後猛烈な悪寒と乾き、吐き気に襲われた。真面目に救急車を呼ぼうかと考えたが、そんな大事ではないだろうと迷いつつひたすら水を飲み続けたら1時間くらいで落ち着いてきて、朝には軽い頭痛が残るだけだった。

ここまで酷い酔い方をしたのはM1の秋に助教と限界紹興酒バトルをしたとき以来だ。ちなみにそのときは同期にタクシーで家まで送ってもらった。しばらく酒をやめようとも思うが、毎日平和な量を飲むことを避ける必要はなく、むしろ3ヶ月に1度であっても健康を害するレベルで飲むことがよくないのだ。これは習慣ではなく確率の問題であり、回避するのは難しい。

25歳になって酒の飲み方もわからないのが僕だし、命の危険を感じても救急車を呼ぶという行動すら起こせないのが僕だ。極限の体験はその人間の限界を浮かび上がらせる。

「浮かび上がらせる」で思い出したことがある。中学生の頃、吹奏楽部でドビュッシーの『喜びの島』という曲を演奏した。ドビュッシーはフランス人なので楽譜の指示にもフランス語が使われていて、そこに「dehors」という言葉があった。馬鹿正直に調べると「外側で」という意味だが、演奏の指示で「外側で」では意味が通らない。

翌日先輩の楽譜を見ると「浮き立たせて」とメモしてあった。なるほど、わからなくもない。翻訳というのは面白いものだと思った。

『喜びの島』は本来はピアノの曲だ。吹奏楽は比較的新しいジャンルなので吹奏楽のために書かれた曲というのは少なく、それゆえクラシックの名曲を吹奏楽に編曲して演奏することがよくある。編曲は悪いこととは思わないが、しばしばコンクールの時間制限のために原曲の意図を無視したカットが行われる。これは良くない。良くも悪くも吹奏楽というのは学校の部活が中心であり、学校の部活というのはコンクールが中心になる。その弊害だ。

この曲の特徴は全音音階だ。普通音階というのは1オクターブを12音に区切って7音を取り出して使うのだが、全音音階では1音飛ばしで6音を取り出して使う。すると全ての音と音の間隔が同じになり、独特な雰囲気が生じる。

ニコ動で適当に探していたら素晴らしい演奏を見つけたので貼っておく。フランスの曲というのは本気にならず気まぐれな態度で演奏するのが良いんだ。

『アイ・アム・マザー』を見た

※この記事は『Asahi DRY ZERO』を飲んで書かれた(!)。

ブラウザをVivaldiに切り替えることにした。Chromeの独自機能は使えなくなるのでパスワード管理をBitwardenに移行し、いろいろなサービスのパスワードを登録していった。その作業中にNetflixを開いたら面白そうな映画がサジェストされ、そのまま一気に見てしまった。

アイ・アム・マザー』はつい最近Netflixで公開された映画だ。

人類滅亡後に始まったヒト再生作業。そのすべては、1人の少女から始まった。そして、彼女はアンドロイドを母と呼ぶ。

冒頭、保存されていた胚が育成機に入れられ、女の子が誕生する。その子が機械で完全に制御されたシェルターの中でアンドロイドの「母」に育てられるシークエンスが素晴らしかった1。なおキャラクターに名前はないので「母」「娘」と表記する。

「娘」が泣き止まないときは「母」の腕に埋め込まれた音楽プレイヤーで子守唄を流す。どの曲が気に入るかわからないので少し聞かせては別の曲に切り替えていく。一緒に折り紙をすると「母」は素早く複雑な動物を折るが、「娘」は下手だ。しかしこの巧緻も人間とロボットという対比にならない。なぜならシェルターには「娘」と「母」しかいないからだ。一個体ずつしかいないのだから「娘」と「母」の違いにしかならない。

泣き止まない「娘」に人形を与えるときに、「母」が人形を飾り気のないビニールの包装から取り出すシーンも印象的だ。布で作られた人形は「母」やシェルターの内装とは全く違う質感を持っている2。そんな柔らかで情緒的なイメージを持つ人形というアイテムすらここでは消費される道具であり、機械によって必要となることを見越して備蓄されていたのだ。

僕は普段から人間の価値を疑っている。人間は自然の法則に従ってタンパク質やら何やらが組み合わさっただけの存在であって、その行動も全て自然の法則から演繹的に理解可能だ。ただそれが複雑すぎて「まだ」解明できていないにすぎない。つまり科学のレベルを上限値まで引き上げていいSF作品ならば人間を完全に理解し管理することは可能だ。3

アンドロイドが子育てをするシーンは、そしてもっと広く言えば機械化されたシェルターで人間が生きるという描写はまさにそれだ。機械化とは合理化であってそこでは必要なものと不要なものが峻別されるのだが、その過程で「必要とは何のための『必要』なのか」という疑問に巻き戻される。その疑問に無理やり答えを出そうとすると、人間存在に目的を設定し、手段として扱うことになるだろう。(たとえば家畜には肉や卵を生産するという目的がある。それができなければ殺しちゃうよね)。誰かがこんな話をしていたと思って軽くググったらカントだった。

本作で言えば優しい子守唄も楽しい折り紙遊びも健全な成長という目的に回収される。「娘」の育成にはさらに隠された「目的」があるだがそれは自分の目で確かめてほしい。

僕は職業柄技術ファーストでものを考えがちだが、倫理的な視点も兼ね備えていないと人間にできることの幅を広げても人間を幸せにはできないのかもしれない。

目的のない行動をとれる不合理性こそが人間らしさである、そう結論づけるのは簡単だ。しかしNetflixのAIにレコメンドされるままに映画を見て感想を書いている(書かされている?)僕にそれを言う資格があるのだろうか。

会社員化

1日8時間会社で働いてると書きたい話も自然と会社絡みの話になってくるんだけど、社内情報はどこまで喋っていいのか不安なんだよな。一応就業規則に書いてあるけどどの情報が該当するか定かではないし判例(?)とかも知らない。とりあえず新機能出たのでよろしくお願いします。

今日は会社が契約しているカウンセラーとの面談があった。カウンセラーは社員ではないがずっと弊社と契約していて事情も文化もよく知っているらしい。最近の僕は大学時代に比べると驚くほど精神的に安定しているので特に問題なく進み、睡眠・有酸素運動・太陽・入浴を勧められて終わった。入浴は頭の痛い問題だ。一人暮らしで入浴となると水もガスも大量に消費する。財布にも環境にも悪い行為だ。

退勤後急いで上野TOHOに行って『海獣の子供』2回目を見てきた。今度は鑑賞前にパンフレットと画集を買った。パンフレットはインタビューが充実していて当たりだったが画集は本当に背景画がひたすら載せてあるだけだった。時系列なので映画の流れを思い出す助けにはなるが情報量としてはイマイチだ。映画は2回見てもわからないものはわからなかった。

任天堂の音楽

※この記事は『金麦』を飲んで書かれた。

なにやら任天堂の発表会があるらしく、プログラムを書きながら聞いていた。任天堂が世界に冠たる企業であることは知っているし、その作品が高く評価されていることも知っているが、僕は任天堂のゲームをあまりやったことがない。というかゲームをあまりやったことがなかった。強いて言えばポケモン赤とポケモンホワイトはどちらも発売からかなり経ってからやったが、ネタバレを知った状態だったしそれほど熱心ではなかった。

その程度の任天堂認識の僕だったが、Nintendo Directはどのゲームも音楽が素晴らしく聞いているだけで楽しかった。大してゲームをやっていない僕でもどこかで聞いて覚えている音楽がたくさんあったのはすごいことだ。

なにか任天堂のゲームをやってみようか。と思っても任天堂のキャラクターをあまり知らないので何をやれば楽しめるのかよくわからない。もう出来上がっている世界観に参入するのはハードルが高く感じる。年をとってしまった。遊ぶ時間もそんなにないし。

『海獣の子供』のパンフレットが買えなかった

ストーリーなーんも理解できなかった…。まあスタジオ4℃の平常運転と言えばそれはそう。東銀座から上野TOHOはアクセスが良いし、家にも帰りやすい。

しかし上映終了後(23時ごろ)にパンフレットを買えないのが最悪だった。これまでの体験だと上映終了が遅くて売店が閉まっていてもパンフレットだけは売ってくれていた。買おうと思ったパンフレットが(在庫があるのに)買えなかったという体験は初めてだ。はっきり言ってふざけている。

『海獣の子供』は宣伝に力を入れていた。そして公開初日の金曜日の夜なので、仕事終わりのオタク会社員がワラワラ見に来る。つまり昨日の上映終了後というのはパンフレットを売りまくるべきタイミングだ。そこで売店を閉めてパンフレットを売らないというのは愚かだ。

もっと単純に感情の話をすれば、コンテンツにお金を払うチャンスを潰されたことに腹が立っている。僕はよほど酷い映画でなければパンフレットを買う。同行者と感想を語るときに内容を振り返るために役立つし、スタッフのインタビューなども読みたい。見た映画の記録にもなる。僕のようなリテラシーも金もあるオタクを軽んじる態度は許せない。俺をすこれ。

しばらくはReactが仕事になりそうな機運なのでお勉強しなければ。

『らーめん 谷瀬家』でにんにくを補給した/Dockerなんもわからん

『らーめん 谷瀬家』でにんにくを補給した

健康に悪いラーメンが食べたくなったので社内チャットで「健康に悪いラーメンが食べたい」と発言したところ、上司から『らーめん 谷瀬家』を勧められたので同僚と4人で行ってきた(ここで急に日本語入力ができなくなり、しばらく手間取った。たぶん変なショートカットキーを偶然押した)。

家系ラーメンとしてはオーソドックスな構成で、油がいい感じ(?)でスープをつい飲んでしまう。家系と言えば卓上調味料で自分だけのご飯の食べ方を開発するのが楽しみだが、谷瀬屋には一味唐辛子の醤油漬けが置いてあり、パワフルな辛さが楽しめた。これまで行ったことのある家系ラーメンの中で一番好きだった。

以前住んでいた家は近くに家系ラーメンがあってよく行ったが、今の家に来てからは一度しか行っていなかった。俺にはにんにくが足りてなかった。にんにくをドバドバ入れながらご飯を2.5杯食べて大満足だった。

Dockerなんもわからん

Docker-Composeに頼りすぎてDockerfileの書き方を全然知らない。作成中の室温記録アプリのバックエンドをDocker上にPlay Frameworkで作ろうと思っているのだが(Dockerじゃないとサーバですでに動いている他のプログラムとの競合が面倒)、都合のいいDockerイメージが存在せず知見も少ないので手探り状態だ。コンテナ内でサンプルサーバを起動してもすぐに停止してしまう。

冒険しない性格/Dota2ざんまいの休日

免許の更新をしようと思っていたのだが、近所の警察署だと平日しかできないことに気づいた。やることがなくなったので何をしようかと考え、何もしないことにした。

昼食は亀戸ぎょうざに行った。餃子ライスセットは以前食べたので他のものを食べようと思っていたのだが、うっかり同じものを注文してしまった。僕はある程度のリターンが保証された行動を無限に繰り返してしまう性格だ。だが新しい選択肢にチャレンジしないと自分がベストな選択をしているかわからない。だから多少は冒険をするようにしたいといつも思っている。

帰宅してからはずっとDota2をやっていた。数日前に毎年恒例のBattle Passが発売された。これは8月の世界大会TI9に向けた各種ゲーム内特典のセットだ。お値段9.99ドル。この売上の一部がTI9の賞金に上乗せされていくシステムがあるおかげでDota2は世界最大の賞金額を誇るゲームとなっている。去年の優勝賞金は1100万ドルだった。

Dota2でも僕は少数の得意ヒーローをひたすら使いまくるプレイヤーだ。バージョン7.20からはDazzleをスパムしている。Dazzleはサポートとしてよく使われるヒーローで、味方を回復するスキルや5秒間死ななくするスキルを持つ。一方で耐久力は低いので、集団戦では敵から逃げつつ味方にスキルを当てられる繊細な位置取りが求められる。

Dazzleを使い続けることでAncient1(全プレイヤーの上位13%相当)に到達したので他のヒーローはあまり使いたくないのだが、Battle Passを買ってみると困ったことが起きた。Battle Passの特典としてDazzleのスキンが追加されたのだが、それを手に入れるためには他のヒーローを使って地図を探索しなければならないのだ。

というわけで今日は久々にいろいろなヒーローを使ってDazzleのスキンを入手した。左がデフォルト、右が新スキン。キモカッコいい。

自分自身のオシャレにはあまり興味がないが、自分が使っているモノに自分らしさを刻印するのは大好きだ。