名前の意味

※この記事は『クリアアサヒ』を飲みながら書かれた。

帰り道、「佐藤」という苗字の意味について中国人に説明するのを脳内でシミュレーションしていた。藤原氏を助けた人々という意味なので全国にメッチャいるという話だと思っていたのだが、帰宅して確認したらそう単純でもなかった。

『詩季織々』の登場人物にシャオユ(小雨)という女性がいる。雨は冷たいし外出できないし、一般に憂鬱なイメージがある言葉なので日本人の名前に使われることは少ない。「晴」が含まれる名前が多いのと対照的だ。

ふと、名前の意味というものを考えたくなった。僕の名前には物事をよく理解するという意味がある。本当は同じ読みの別の字を当てるつもりだったらしいが、姓名判断師に総理大臣になる名前だと言われて今の字にしたらしい。ちなみに妹は季節にちなんだ名前だ。

姓名判断は眉唾だと思うが、名前の語感が印象に影響し、長い目で見て人生を変えていくというのは事実だと思う。ブーバ・キキ効果というものがある。言語や文化にかかわらず、丸っこいものにブーバ、トゲトゲのものにキキと名付けたがるという傾向だ。形態と音の関係に何かしらユニバーサルなものがあるということだろう。

日記に書くネタがないのと自分の研究ではない勉強が全く進んでいないのが辛いので、今日から教科書を少しずつ読み進めることにする。教科書はこれだ。

UIデザインの心理学

1.1.1では知覚のトップダウン処理の話をしている。トップダウンとボトムアップというのは心理学でよく使う言葉だ。ボトムアップは知覚情報が徐々に統合され高次の意味が付与されるという情報処理の流れをいう。トップダウンは逆に、高次の意味の知識・経験・文脈・期待などが低次の知覚処理に影響するという話だ。トップダウンとボトムアップの相互作用によって知覚が形成されることを示す研究例は枚挙に暇がない。

たとえばある視覚刺激に注意を向けるときにも、突然出現した刺激に自動的(意図とは関係なく)に注意が向くボトムアップの注意制御もあれば、矢印によって指示された場所に注意を向けるという、それなりの意味処理を要するトップダウンの注意制御もある。これらは効果の注意の持続時間が異なるし、同時に別の課題を行ったときのパフォーマンスの悪化度合いも違う。

もっとわかりやすい例で言えば、真・三國無双で甘寧を持ちキャラにしている人間は「甘露煮」とか「丁寧」という単語が目につきやすいし、場合によってはそれらを「甘寧」と空目する。

率直に言えばトップダウンはマジカルワードというか、要は計算していない効果が発生したときに「それはその人が○○と考えていてその効果がトップダウン的に作用したのだ」というエクスキューズ的な使われ方をすることが多いように思う。だからこそ、逆にトップダウン処理がほとんど介在しないような現象が見つかると面白い。トップダウン処理が介在しない現象とは自分の意志で制御できない現象、つまり反射である。

参考文献

村上郁也編 イラストレクチャー認知神経科学

Netflixの話数選択

今日はNetflixで『ビッグバン・セオリー』と『3月のライオン』を見ていた。

NetflixのUIはスタイリッシュだが、不便な点もある。どの作品のどのシーズンのどの話数を見たいのかすでに決まっているとき、導線が長い(そういえば手元のツールだとNetflixのトップページはReact使ってるって表示されるんだけど、ググるとReactやめたって記事がヒットするんだよね。どうなってるんだ)。

  1. 作品サムネイルをクリック
  2. エピソードをクリック
  3. シーズンを選択
  4. エピソードを選択

また、サムネイルが横方向に並ぶので画面上に同時に表示できる話数が少ない。

逆に視聴済み話数の続きから見たい場合、導線は非常に短い。トップページの作品にマウスオーバーすると最新話数のサムネイル動画の再生が開始されるので、そこから見たければ再生ボタンを押すだけ。

なおサムネイル動画再生時の音声は主題歌のこともあるが、大抵はNetflix側が用意したと思われる謎BGM。ちょっと面白い。

このような設計から考えると、どうやら1話から順番に見ていくという使い方を想定しているらしい。逆にテレビ放送を1度見たあと、気になるシーンを見直すために特定の話数だけ見に来るという使い方は想定外のようだ。Netflixはオリジナル作品を推しているので、それにあった設計をしているとも言える。

OP・ED自動カットもアニメオタクには評判が悪いが、これもジャパニメーションを基準にサービスを設計していないのだろう。アニメのOPがストーリーの進行に合わせて意味がわかるようになったり差し替えられたりと重要なものであるのに対して、ドラマは出演者の顔見せくらいの意味しかないし尺も短い。EDもアニメのそれはスタッフクレジットの表示や余韻を感じさせるなどの意味があるが、ドラマは表示が短くてクレジットはとても読めない。

休日とか結構な時間PCの前に座ってるのに何食ったとか洗濯したとかそういう話題しか書かないからネタが見つからないってことになる。素直に自分が時間を投じているものを書くのが楽しいし内容も充実するので、こういう記事は増えていくと思う。

酒盛り

※この記事はなんかよく知らんビールを飲んで書かれた。

今日は新宿まで行って『詩季織々』を見た。良かった。2週間後のペンギン・ハイウェイも楽しみだが、学会のタイミング的に公開直後に見るのは難しいかもしれない。

その後近所に住んでいる友人の家で酒盛りが開かれていたので、参加した。最近は平日の発声量がかなり減っているので酒盛りで少し叫ぶだけですぐに喉が枯れる。

酒盛り自体も減ってしまった。3年生の頃は自宅を会場にして頻繁に酒盛りを開いていたが、最近では呼ぶ人間が就職や研究で忙しく、僕も忙しいし部屋も汚いのでそうそう開けない。時代が終わったのだなと思う。

就職したら気軽に酒盛りが開けるような家に住みたい。猫も飼いたい。

体が重い

今日は何もしなかった。

何もしないとしなかったことを思い起こして鬱になるのはおかしい。何もしないで1日生存できたんだからそれは幸福であるべきだ。

なんでも女子を一律に減点していた大学があるらしい。いろいろ考える。医師を教育するコストを最大限に回収するためにはその医師が長く働く方がいい。つまり妊娠・出産で仕事を離れることがない男性を優先して教育することは、純粋に功利主義的な観点からは肯定される。

なんてことはない、男性は狩猟、女性は子育てという原始時代に戻るだけだ。ジャングルの掟は厳しい。

我々はそういう「所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬ」的世界観がしんどいから人権という錦の御旗を立てて頑張ってそれに抗ってきたわけだが、自然の掟には勝てなかったよ…

広報活動

高校生向けの広報活動をしてきた。そもそも文学部を見に来たのに「実験のデモンストレーションします」と言われた時点で意味不明だったと思うので反応が鈍いのは予想していたが、なかなかに難しかった。「フロイトやらないんですか」と聞かれたら平静を保てる自信がなかったが、聞かれなかった。

東大文学部のビブスをもらったが使いみちがない(本当にない)。メルカリに出そうか。

そのあとは研究のための文献調査などをしていた。ちょっと調べるだけでなんでこれを読んでいなかったんだろうという論文がわんさか出てくるので恐ろしい。

JavaScriptでタイピングゲームを作りたいと思っているんだが、なかなかまとまった時間を取れそうもない。そういえばホームページのSSL証明書の期限がもうすぐ更新しなくてはならない。最近したばかりだと思っていたんだが期限の設定が間違っていたのだろうか。SSLの仕組みを理解したい。

自律神経

※この記事は『極搾り りんごチューハイ』を飲んで書かれた。

どうも調子が悪い。ロフトベッドが冷えないせいで睡眠の質が悪い。朝起きたときに全身がだるい。食欲も狂っていて、夕方に一食だけした。食事が遅れると食欲は強くてたくさん食べてしまうが、胃の処理能力は変わらないので辛い。

松屋にケイジャンチキン定食が復活している。僕は松屋の期間限定メニューは必ず食べているが、ケイジャンチキン定食は『ごろごろチキンカレー』や『キムチ牛とじ丼』に並ぶ傑作なので食べるべき。熱くて辛くてよくわかんないけど美味しいし。大きく切られた鶏肉の満足感もさることながら、絶妙な硬さのキャベツにケイジャンソースを絡ませてライスで食べるのもよい。

明日は高校生相手のちょっとした仕事がある。大学院生としては劣等生だが、高校生相手ならちょっとは偉ぶれる…などと考えている自分が嫌だ。ただ、僕が大学1年生のときのある授業で心理学の面白さを知ってこの道に進んだように、人生にはきっかけというものがある。明日は僕がそのきっかけになるかもしれないということは意識して臨みたい。

はよ寝ないと。

Life is Tech

とかいうTシャツを来た中高生くらいの集団が夕食時に食堂にたくさんいた。なんの集団だろうと調べてみたら中高生にプログラミングを教えるスクールらしい。

そういえば、ドワンゴのインターンが始まったのもちょうど1年ほど前だ。自己流のいい加減なコードとそれっぽい文章を提出したら全国の激ヤバ猛者が集まるインターンになぜか参加を許可され、何を学んだか列挙できないほど豊かな体験をした。結局それが布石となって就職も決まった。

別にプログラミングじゃなくていいが、まとまった時間を何かに注ぎこむこと、同世代の強者を知ること、プロの技を教わること、そういう活動が自分の世界を広げる。

最近は研究しかしてないので書くことがない。学会の参加登録が済んだので今日は本の返却等細々した作業を片付けつつ、これから何しようかなあと考えていた。もちろん実験を進めねばならないのだが、そのまえに分析法や実験手続きを確立しておきたい。なるべく自動化。ただでさえ参加者のリクルートや謝礼手続きで手間がかかるので、実験と分析くらいは自動化したいものだ。

PypeRなるライブラリを使うとPythonからRを呼び出せる。複雑な統計分析はRを使う必要があるが、PypeRがあればPandasとも連携できるので捗りそうだ。

うーん、書けそうで書けない。疲れているんだろうか。それとも人生のネタが切れたんだろうか。酒が足りないのか?

ニューラーメン

近所に新しいラーメン屋ができた。生姜ラーメンを名乗っている。

僕の住んでいるエリアはラーメン激戦区だ。徒歩圏に7軒ものラーメン屋がある。しかし僕がここに住んでいる4年前からあったのは3軒のみだ。設備流用の関係かラーメン屋の跡地にラーメン屋ができることが多いが、すぐ潰れる。

夜は未来のミライをもう一度見てきた。となりの外国人の客が「予告編が多すぎる」と文句を言っていて面白かった。僕もそう思う。100分の映画を見に来て15分もの予告編を見せられるのは流石に多い。映画館としては確実に見せられるし、それなりにちゃんとセレクトした予告を流しているのはわかるんだが、同じ映画を2回見に行くとなると見る予告編もほぼ同じになるわけで、飽きる。これからは上映時間の10分後入場を狙ってやろうかしら。

ともあれ、ペンギン・ハイウェイを早く見たい。しかしその前に来週は詩季織々だ。

閑話休題、最近は研究にLibreOfficeを使っている。以前OpenOfficeを使ったときはその使い勝手の悪さに「やはりMSに金を払うしかない」と思ったが、今のLibreOfficeは全然イケる。これといった問題は発生していないし、何よりUbuntu上で動くのが素晴らしい。

そういえばこの前Ubuntuにプリンタを認識させようと思ったのだが、これも設定→プリンタ→あとは指示通りで何も考えずにできたのですごい。

僕はOSSに貢献したことはないのでデカいことを言うのは気が引けるのだが、やはり”Given enough eyeballs, all bugs are shallow”という格言は本質なのだと思う。

起きている

※この記事は8時間前に書かれ、投稿を忘れていた。

今日は午後から起きだして物好きにも台風の中を洗濯に行ったが、それほど激しいわけでもなく消化不良な気分だった。

まともな時間に就寝して生活リズムを戻したいんだが、一般論として作業を早く始めることよりも作業の調子が良いときにそれを継続するほうが楽なので生活リズムは後ろにずれ込む。どうしようもない。