感情の麻酔としての酒

※この記事は『キリン 一番搾り』『ほろよい』のなんかゆずのやつを飲んで書かれた。

僕は不安がりだ。あらゆる締め切りにひどく不安になる。そんなときに効くのが酒だ。酒は感情を鈍らせ、不安が緩和される。能力を低下させる酒を飲むという行為自体が、不安の原因を恐れていないと自分に言い聞かせることにもなる。単純に自分を傷めつけるのが楽しいというのもある。

良くない習慣だ。なんでもかんでも不安になる脳の方が良くない。カス。人生終了。もしメンタルが強靭だったら研究でこんなに苦しんでないよ。最初の興味のあったテーマで貫徹していたはずだ。多分。Dの先輩のやってることを聞くと面白そうだし俺がM1の頃に検討していたテーマに近くて「どうしてそれをやっているのが俺じゃないんだ」という気になる。気合が足りなかった。

8時間後に修論発表だ。研究無理無理って思って諦めようとしたのに周囲の人に止められて続けて今に至るので、今更修論不合格になろうとなんとも思わない。僕に言わせれば順当な結果だ。あんな研究。アルコールを切らすな(カメラを止めるなではない)。

麻雀チョットデキル

※この記事は『麦とホップ』とあとなんか名前を知らない強い酒を飲んで書かれた。

人数合わせで参加するくらいはできる。役は全ては把握していないし点数計算はできない。臨時で代役が必要なときくらいは呼んでくれてもいい。

見えている情報から点数期待値を最大化する行動を選択することはおそらく可能なのだろうが、そのための計算量が膨大で初心者には難しいゲームだと思う。運要素があるゲームなので正しい行動をしても勝てるとは限らないし、そのせいで正しい行動の習得も遅れる。

一方で4人で長時間卓を囲む知的ゲームという点ではコミュニケーションツールとして優れている。ゲームを通して普段は知らないその人の一面を知るのは楽しい。ただし途中で抜けられないのは辛い。

「夜型人間」は実在する?

※この記事は『クリアアサヒ』を飲みながら書かれた。

生活時間の制約が少ないと僕は夜型になる。今も6時就寝12時起床のリズムだ。なにか不都合が出るなら困るが、今は特に困っていないので積極的に直す気はない。金曜日が修論の発表で、それに向けて細かく質問されそうな辺りの論文を読むために大学に泊まり込んでいる。なにかを集中的にやりたい時には夕方に大学に来て夜通し研究室で作業するのが習慣になってしまった。

よく「夜型人間」という言葉が出る。いわく、人類の何割かは生まれつき「夜型人間」である、それは夜中に見張りを立てた名残である、彼らに朝の出勤を強いるのは非生産的である、などなど。僕はあまりこれを信用していない。軽く調べても信頼できる専門家がこういうことを言っているのは見たことがないし、なによりこれはいかにもネットで流行りそうな構造の言説だからだ。「あなたの社会不適合は生まれつきだ。進化論的なお墨付きもある。あなたに合わせない社会は実は損をしているんだ。バカだねえ」と。

無論これが事実である場合もあるだろうが、多様性を認める風潮(それ自体は歓迎すべきことだ)に乗じて科学的根拠のない情報が広がるのは望ましくない。「夜型人間」が事実かどうか知っている人がいたら教えてください。

そもそも4月からは会社員(予定)なので、自由の効きやすい会社ではあるが、それでも夜型とか言ってる場合ではない。一人自宅にこもって他人の3倍の効率を出せる天才ならいざ知らず、僕のような普通の人間は社会性の動物としてチームと緊密に情報交換をしながら作業をするべきで、そうなるとやはり時空間を共有しながら作業するのが効率的だ。人間はそういうふうにできている。

モノを減らす2

今日は書類を整理した。改めて見てみると前の家の契約書が残っていたりする。当然不要なので捨てる。捨てるべきか迷ったら捨てる。

ボトル類も捨てた。使いかけのまま古くなり異常な匂いがする醤油が2本。油、酒なども。調味料は作りたい料理のために買って使い切らないまま古くなるパターンが多い。とかく一人暮らしは無駄が多い。

ちょこまかやっていてもきりがないのでどこかでまとまった時間を作ってやりたい。やらない。

家は買うべきか

ルーチン通りに洗濯に行こうと思ったが、前回の洗濯が遅れたために洗濯物の量が少ない。そこで布団のカバーを洗うことにした。かさばるが適当に放り込めば洗える。

洗濯の間に食事をしようと思って歩いていたら、道端で家を売る人たちが今日もいた。道端で家を売るというのはどういうことかというと、道端に立って近所のマンションに興味はないか声を掛けて回るのだ。そんなマッチみたいなノリで道端で家買う人間いるわけねえだろと思って毎日眺めていた。そんな彼らが今日もいたので思わず笑ってしまったのだが、それが悪かったようで歩いてきて声を掛けられた。特に急ぐ用事もなかったので興味本位で話を聞いた。

オープンハウスという不動産会社の若手社員だった。彼の言うところでは、若い会社員でもマンションを買うべきだというのだ。他人の持ち物に家賃を払うくらいなら毎月ローンを払う方がいい、のちのち貸せるという主張らしい。もちろんそれは道理なのだが、人に貸せるように家をメンテナンスし家賃を徴収するのも楽ではない。

「だから家を買う気はない」と書こうと思ったのだが、調べてみると老後は賃貸が借りにくくなるというリスクがあるらしい。率直に言って老後のことなどほとんど考えていなかった。どうしたものか…

もうちょっといろいろ書くことがあったのだが、自分はどうやって死ぬのか考え始めたらド鬱になってきて無理だ…

卒論発表会で軽く暴れた

※この記事はイタリア料理屋『ピアンタ』でビールを飲んで書かれた。

別に暴れたことを自慢するヤンキーなメンタルでやってるわけじゃなくて、よくある誤解なので解いておきたい。

と思ったんだが、きちんと調べて書くべきテーマなので少し待ってくれ。月曜に書く。

卒論発表会では牛耕式の文書は読むスピードがかなり速くなるという研究が面白かった。と言ってもおそらく理解度は落ちるのだろうが…(今回の実験では理解度の評価が上手く行かなかった)。

卒論発表会のあとには卒論生をねぎらう食事会があった。なんとなく研究室ごとにテーブルに別れて座っていたのだが、どうやら席が足りないようなので僕は出席者が少ない他研に紛れ込んで、同じく紛れ込み組の助教を相手に『ピアンタ風プリッツ』でフェンシングをしていた。

卒論生に指摘されて気づいたが、どうやら僕はもうすぐ大学を去るらしい。大学に入学してから6年、心理学を学び始めてから4年半だ。同期は割と多く残っているのであまり実感がないが、長い時間が経っている。長い時間のなかで多くの先輩と同期、そして少しの後輩を見送り、ほんの少しの後輩の面倒を見た。2年生の頃は「同期は全員倒す」という意気込みで講義は常に最前列に座っていたが、そのうち飽きた。自分の研究が始まってからは人と比べることは少なくなったが、暗中模索のつらい日々だった。

厳罰化を望む人々/明日は茶番の卒論発表会

※この記事は『STRONG ハードレモン』を飲みながら書かれた。

↑不味い。非常に不味い。そのくせアルコールは強い。最悪だ。

自分が犯罪被害にあったわけでもないのに「厳罰に処せ」「厳罰化しろ」などと主張する人間がネット民には大変多いが、理解できない。自分と関係ない人間が厳罰に処されることで何の利益がある?おそらく社会心理学の視点から説明可能なのだろうが。何でもかんでも厳罰化を主張する人間は自分が罰される側になることは決してないと思っているのだろうか。それは思い上がりだ。国家はいつあなたに牙を剥くかわからないし、その気になればあなたを(そして私を)殺すことくらい簡単にできる。

僕は警察を信用していない。法律を理解しているかも怪しい人間が拳銃を持って歩いているのが怖い。ろくにものを知らないままで人を逮捕するし、取り調べも不透明だ。でも泥棒に入られたら警察呼ぶんでそのときはよろしく。税金から給料もらってるんだからちゃんと働けよな。

そんな警察に個人情報を漏らしている企業があるらしい。よってTカードは解約し、CCCには個人情報の削除を要求する。書類を郵送しないと受け付けてくれないとのことで、手続きのハードルを上げることでその手続きをさせまいとする姿勢はまさしくカスだと思うが(ビジネスとしては正しい)、時間があるうちにやる。悪を許すな。

明日は10時から18時まで学部生の卒論発表会を聞く。大学院生は積極的に質問することが期待されているようだが、正直言って興味はないし憂鬱だ。本気で卒論生を潰して良くてそれで金がもらえるなら少しはやる気も出るが…。現状では卒論生を落とすことで誰にも利益が発生しない。それは卒業生の質保証を誰も信用していないからだ。もし生半可な成果では卒業できないことが保証されている学科があれば企業はその卒業証書を信用して採用するだろうが、そんな企業はほとんどない。大学の卒業証書なんかに価値はなくて、だから企業独自に採用プロセスを設けている。僕だって卒業が確定してないのに内定出てるし。

心理学にもそういうところはある。伝統的な研究法が再現性のない研究を量産しているにもかかわらず、心理学の作法に則ることが重視され、実質的に人類にとって価値のある科学的貢献をしているかどうかは気にされない。心理学のことも研究のこともわからないまま修士だけ取って(予定)就職する(予定)人間の戯言だから忘れてくれ。

卒論なんてものは時間が限られている以上まともな成果は出ない。卒論発表会の質疑応答というのはそれをわかった上でやりすぎないようにプロレスをするもので、下らない。成果が出るとすればそれはラボがガチガチにサポートしたテーマに限るし、そんなものは今更聞いても面白くない。卒論ならではの遊び心のあるテーマの発表が多く聞けたら嬉しい。

僕は研究をする人間ではなかった。せいぜい新書か教科書を読んで面白い知識を身に着けて自己満足に浸るのが関の山だ。研究は大変だ。世界中の研究者が好き勝手な切り口で行った実験を読んで理解するのも大変だし、参加者を集めてくるのも大変だし、ろくな結果が出なくても修論は書かなければならないのも大変だ。金ももらえないし。

今日もまとまりのない日記になった。生き方に締りがないからこういうことになる。酒が不味い。

お茶の本質は色か?

※この記事は『ほろよい はちみつレモン』を飲んで書かれた。

↑うまい。

食堂の給茶機はたまに透明な湯を出す。今日もそうで腹立たしく思いながら食事をした。食後のルーティンとしてお茶を飲みながらツイッターを見ていたが、気づくと茶が透明であることを忘れていた。透明でもそれなりに味はついていて、わざわざカップを覗き込まない限りは気づかない。

味覚・嗅覚の研究は難しいので少ないが、ジュースの味は実は味よりも色で区別しているという研究がある。日本人ならかき氷のシロップの例でおなじみだろう。

うーん、今日もやはり筆(キーボード)が進まない。文章がまとまらない。