椅子を捨てた

バロンチェアを買ったので古い椅子を捨てた。上京してから6年間使った椅子なので愛着がないといえば嘘になる。家の中でずっと使ってきた椅子を雨の中家の前に放置してくるのは心が痛んだ。

こういう経験をするたびにモノとは、資本主義とはなどと考えてしまうのだが、考えても捨てるべき理由しか出てこないのでどうしようもない。狭い家に必要以上のモノは不要だし有害だ。それに古い椅子は性能で今の椅子に遠く及ばない。人間の体型を考えない作りだから凹んでいる腰に支えがないし、出っ張っている背中を押してやたらと前傾させてしまう。端的に言って体に悪い。

愛別離苦…

最高の一日/差別をした/逆だったかもしれねェ…

今日は最高の日だった。つまり、1年間で最高の気象条件だったという意味だ。自宅を1歩出た瞬間そう思った。涼しいが寒くなく、太陽はよく照っているが暑くもない。すぐさま川辺で昼寝をしたいと思った。明日にはもう地球と太陽の位置関係が変わって、この繊細なバランスは失われてしまうだろう。

残念なことに僕は会社員だ。会社員というのは特段の理由がなければ毎日会社に来ることを期待されており、その継続性に価値が生じている。ともかく、僕は川辺の微風を名残惜しく感じながら電車に乗って会社に行ったのだ。

昼休みに「気持ちのいい天気だから外に出よう」と思って外に食べに行ったのだが、もう遅かった。太陽が高く登り繊細な朝の空気は失われ、既に暑さを感じる状態になっていた。さらに、帰りは肌寒かった。一日のなかでちょうどいい・暑い・寒いの3パターンを感じられる日というのはそれはそれで貴重だろうが、だったらなおのこと、この精妙な天気の変化をオフィスではなく外でボーッとしながら連続的に感じていたかった。

季節の移ろいを肌で感じるとき僕はいつも泣きそうな気持ちになり、そして死にたくなる。今日ほどそれを感じさせる日は少なくともあと1年はやってこないし、1年後に僕が季節の変化を感じ取れる繊細な心を持ち続けている保証はない。

帰り道のコンビニで粗大ごみを捨てるための券を買った。粗大ごみを回収してもらうためにはこの券を貼っておく必要があるのだ。これを買うときに、僕は差別的な行為をした。

コンビニに入るとレジが2つとも空いていた。手前のレジには日本人の女性、奥のレジには中国人らしき女性が立っていた。一瞬の判断だったが、僕は間違いなく意図的に中国人の店員を避けて手前のレジの店員に声をかけた。

なぜそうしたのか。粗大ごみ券を買うためにはレジで「粗大ごみ券をくれ」と言わなければならない。スーパーでバイトをしていた経験を思い出すと、こういう特殊な対応は難しい。大抵は完全に習得する前にレジに立つことになる。そういう対応を求めるとなると、中国人の店員は習熟度や言語に不安があると感じたのだ。だから僕は手前のレジの日本人店員を狙って声をかけた。

2つ空いているレジのどちらを選ぶか、要は50%の話なのだからどちらを選んだところで客観的には大した意味はない。なんなら手前のレジの方が若干近かったので合理的とも言える。それでも、僕の頭の中に一瞬「中国人の店員は習熟度が低そうだし、言語能力も不安だ」という思考が生じたのは事実だ。

少なくとも僕は、自分は差別をしたと思っている。だが、よりよいサービスを受けられる可能性が高い(と自分の中で考えて、自分が思う)合理的な選択をしただけというのもまた事実だと思っている。それでも合理性の名のもとに僕のしたことを正当化出来ないという感覚もある。

この話は難しい。中国人店員が僕の思考に気づいていたら彼女は傷ついただろう。僕が同じことをされたら傷つく。たまたま僕は今自分の生活圏でおおよそマジョリティと言えるグループに属しているが、そうではない状況になるかもしれない。僕は古い人間なので状況に関係なく貫ける正義を探してしまう。

僕と彼女の立場は逆だったかもしれねェ…などと考えながら夕食に鮭の炊き込みご飯を作ったのだが、間違えて茶碗に味噌汁の素を入れてしまった。なのでいつもと逆に茶碗で味噌汁を、汁椀で炊き込みご飯を食べた。味はいつもと同じだった。

ありがたい技術情報

Scala+PlayでDIする情報を漁っていたらScalaでDI(Play framework2.7 + Guice編)を発見した。控えめに言ってこれは神。一番素晴らしいのはPlay framework2.7で2019年7月12日という新しさ。Playやその他Scalaのフレームワークは容赦のない変更をぶっこんでくる(慣れてないからそう感じるだけかもしれないが)ので、バージョンが違うと全然動かないということはよくある。

技術情報で何より重要なのは新しさだ。記事になっているからには書いた人の環境で、書いたときには動いていたのだろう。しかし時間が経てば経つほど同じコードが動く確率は下がっていく。

だから古い記事の内容を持ち出してきて「これは今でも動く」と書いてくれているだけの情報でも素晴らし価値がある。発信していけ。

ついにDIを書いている

何もわかってないけどPlayFramework2.4におけるDIのテスト方法とかWriting functional tests with ScalaTestとかトレイトの応用編:依存性の注入によるリファクタリングとか読みながらそれっぽい形をした何かを書いている。DIが何をするものなのかはわかってきたが、結局それを実現するためのライブラリの使い方もわからなきゃいけないのでは…?

今週末はすごい嵐になるらしい。停電覚悟で本でも買っておこうか。水と食料。なんで台風いつも休日に来るの?