TI9観戦/ナウいScala開発環境/口内炎の予感

日曜なので意識的に在宅していた。

TI9観戦

Dota2のTI9がアツい。FnaticがVPに勝つ番狂わせが起きるかと思いきや起きなかった。Dota2の試合時間はだいたい30分から40分くらいだ。ヒーローは大まかにスキルで戦うヒーローと通常攻撃で戦うヒーローに分類される。前者の方が早熟だが、金を稼いでアイテムが揃うにつれて後者の方が強くなる(基本的に時間が経てば金は貯まる)。金を横軸・強さを縦軸に取ると当然右上がりのグラフになるが、グラフの形はヒーローごとに様々だ。たとえば特定のアイテムを持つことで格段に強くなるということがある。プロレベルの試合では味方のヒーローに重要アイテムが入り、かつ敵のヒーローがまだ重要アイテムを手に入れていない絶妙なタイミングで戦いを仕掛けに行くということもある。そこで勝てば金が手に入り、また有利になる。

しかしこうして有利を拡大していっても決めきれなければ大器晩成型のヒーローによって逆転されることもある。たとえばMedusaは通常攻撃が4体攻撃になるスキルを持つ。単純に考えて通常攻撃を強化するアイテムのもたらす恩恵は4倍だ。だから強力なアイテムを揃える前に勝ちきらなければならない。

ナウいScala開発環境

以前vscodeでScala開発を試みたときはまともに使える拡張機能がなく補完が効かなかったのだが、今はMetalsを入れるだけでいい。補完があるとプログラミングは楽だ。ミスに気づくのは早ければ早いほどいい。

今はActivityPubの実装に挑戦している。仕様が固まっているものなのでTDDしている。ActivityPubではObjectはTypeという属性を持つことを定めているが、これは予約語なので`type`と表現する必要がありややこしい。ScalaTestの機能と思っていたmatcherが実はPlayの機能だったりして難しい。フレームワーク周りの知識がない。

素人丸出しのアレだが、package hogeはそのファイルの内容をhogeに所属させるために使うことを知った。つまり他のファイルからhoge.fugaという呼び出しができるようになる。ファイルでもオブジェクトでもクラスでもなく「パッケージに所属させる」という操作の感覚が新しかった。

今日はもうひとつ、droneのデプロイもした。droneはCIの一種でgitリポジトリにpushしたときに.drone.ymlを読んで自動でテストやビルドを行う。1回毎にdockerコンテナを作って捨てることでクリーンな環境でテストできるのがdroneの特徴だが、1回毎にsbtの初期化を行うせいで(貧弱なサーバーでは)1時間以上かかってしまい、タイムアウトしてしまった。

口内炎の予感

口内の傷が嫌な感じに痛み出していて口内炎になりそうで嫌だ。口内炎は食事が楽しめないのが辛い。ただ、火曜に右上の親知らずを抜くのでどうせ1週間くらいはろくな食事ができない。

四国の男

土曜なので以前から行きたかった展示に行き、その後サークルの合宿に行って四国から来た同期に会った。彼が来たのが夜遅かったので帰宅は終電ギリギリだった。

卒業して

大学時代のサークルが合宿をしていたので顔を出してきた。合宿と言っても親睦を目的にキャンパス内でやるちょっとしたやつだ。今年の新入生は僕の6つ下で、逆に僕が入学したとき6つ上の人はどのように見えていただろうかなどと考えていた。

趣味のサークルで、入った当初は知っている作品数が違いすぎて話についていけなかった。でもそういう人たちのなかで揉まれながら過ごしているうちにだんだんとわかるようになり、今では一生の趣味にできる気がしている。僕は学業は大したことはなかったが、それでも大学生活で今後の人生に資するような「学び」はあったということだろう。

そんなことを思いながらかつて通ったラーメン屋に行き、昔はなかったメニューを見つけて注文した。

Dota2 The International 2019開幕

Dota2の最大の大会であるThe International 2019が開幕した。今年の賞金総額は35億円で去年より10億円も増えている。何があったんだ。優勝すれば16億円が手に入る。原資は主催者が出した金とプレイヤーがゲーム内アイテムを買うための金で、つまりこの賞金のうち1000円分くらいは僕の金だ。

1年間の中規模大会の成績上位12チームと、各地区の予選を突破した6チームの計18チームが参加している。まずこれを9チームごとの2グループに分けて総当りを行い、各チームの最下位は脱落。その後残ったチームでダブルエリミネーショントーナメントで優勝チームを決める。

去年は大会直前にメンバーを入れ替えた予選組のOGが優勝するという大波乱があったが、今年はどうなるだろう。1日目終了時点ですでに強豪のLiquidとEGが負け越すという予想外の展開が起きている。一方で年間成績1位のSecretは貫禄の3連勝。

紙の本と電子書籍

向き不向きがある。

紙の本のいいところ

  • ページ送りが長距離も短距離もとても速い
  • どこに何が書かれているか空間的に記憶できる
  • 書き込みが自由自在
  • 所有できる

電子書籍(with iPad)のいいところ

  • 保管場所が不要
  • 光るので夜道でも読める
  • 検索できる

情報処理のしやすさで言えば圧倒的に紙の本だ。紙をたくさん重ねて情報を立体的に集約するという発想は人間の空間認知能力と相性がいい。ページ送りの物理的利便性も高く、たとえば100ページ前の内容と見比べながら読み進めたいというときに紙の本ならば100ページ前に指を挟んでおけばすぐに行き来できる。逆に電子書籍のページ送りの遅さは腹立たしい(これはデバイスのせいかもしれない)。

以上を踏まえて、サッと読みたい軽い本だけ電子書籍を買うのが良さそうだ。

 

一寸の虫にも五分の魂

出勤して2時間ほど作業をしてから左手に違和感があって見たら尺取り虫が歩いていた。驚いてデコピンで机に飛ばしてしまったのだが、彼もこんなところに来たくて来たわけではなかろうと思い、昼食に出るついでに道端の植え込みに逃してきた。

僕は生き物を殺すのが苦手だ。でも蚊は殺す。自分に対する言い訳としては「蚊は病気を媒介するので自衛のために仕方ない」ということになっているが、これはほぼ嘘だ。実際は蚊は肉の部分が少なく死体を見ても大して罪悪感が湧かないからだ。人間なので殺しても触覚や視覚の刺激が弱ければ罪悪感は湧かない。

この考え方は捕鯨やイルカ漁に反対する勢力と同じだ。少なくとも僕は見た目のかわいさで生き物を殺したり殺さなかったりする。そしてそんな自分の身勝手さを覆い隠すために、あの生き物は殺してよかったんだ、殺す正当な理由があったんだと適当な理屈をこねる。

盆三部作Part.3『法事』

3日目は法事だった。と言っても自宅に和尚が来て10分程度読経してもらうだけだ。例年朝一番なのだが、今年は順番を逆順にしたとのことで午後3時だった。

法事が終わったらすぐ鈍行に乗って東京に出発した。あまり座れなくてしんどかったし、DDD本を読んでも何もわからなくて辛かった。概念も具体例も全部難しい。開発の経験が先にあって初めてわかる本なのかもしれない。今は「こういう概念が存在する」ということだけを覚えておいて、また必要になったときに読むことにしよう(撤退)。

明日仕事マジ?

盆三部作Part.2『文化生活』

帰省2日目は特にすることがなかったので県立美術館と市立美術館に行ってきた。

県立美術館は熊谷守一展だった。芸大にいた頃は写実的でわかりやすい上手さだったのが、どんどん線が単純化して独自の作風になっていったのが面白かった。『熱海』は色遣いが美しかった。『大巌寺の鵜の森』は黒い木の枝と黒い鵜が灰色の空をバックに描かれていて不気味だった。『大巌寺の鵜の森』との比較で『蟷螂』もよかった。前者は油絵で木の枝のZ軸情報は絵肌の流れる向きで表現されていたが、後者は日本画でZ軸情報は墨の濃淡と重なりによって表現されていた。

市立美術館はイギリス北部の貿易商の絵画コレクションを展示していた。開幕ゴッホ『アレクサンダー・リードの肖像』でびっくり。近づいてみたり遠ざかってみたりしながら点描や色遣いの独特さを楽しんだ。作家ごとにはっきりと作風の違いが現れていて面白かった。僕は平凡な現代人なので描き込みが多い精密な作品が好きだが、そう見えても近づいてみると全然精密には描き込まれていなくて、本当にそう見えるだけであるということもあって驚いた。今なら精密に描いてデジタル処理でブラーをかけそうな絵を、過去の画家たちは絵筆一本で描き上げていたというのは不思議だ。

帰宅後はひたすらアニメを消化していた。

盆三部作Part.1『鈍行』

今回は鈍行で帰省することにした。所要時間は4時間。高速バスと比較すると渋滞で遅れることがない点で優れており、座れないという点で劣っている。帰省シーズンは高速道路が渋滞するので遅れないことのメリットが大きい。

実家の自室にはエアコンがない。だが、窓を開けておけば風が通る。薄着で寝れば十分耐えられる環境だった。ここ2年ほど夏が異常に暑いと言われているが、人間はそれなりにやれるのではないか。

 

読書速度

最近は通勤電車で読書をしている。ドライアイのせいで実質的に一日に目を使える時間に制限があるので、スマホ画面ほどは瞬きを減少させないと思われる読書をしている。

ディスプレイを凝視していると瞬きが減るのがドライアイの原因であるとあちこちに書いてあるが、よくわからない。瞬きが減る理由がわからないし、瞬きが減るとドライアイになる(涙の成分バランスが崩れて膜を維持できなくなる)理由もわからない。誰か知ってたら教えてほしい。

自分なりに考えたのは、ディスプレイは視線を移動させなくても表示される情報が次々変化していくという点だ。それゆえに視線を移動する必要がなく、視線の移動中にどうせ見えてない(サッケード抑制でググって)からと瞬きをしていたのがなくなってしまうのではないか。そう考えると本の発する光情報は変化しないので瞬きは減少しないことになる。

最近は健康のことばかり考えていて嫌になってしまうね。早く死んで苦しみから解放されたいにゃん。何か人生に目的があれば違うのかもしれないが、どうせそのうち死ぬしな。

以前読んでいた本は読み終わるのに3週間ほどかかったが、その次に読んだ本はなんと2日で読めてしまった。ページ数や文字サイズの差を勘案してもあまりにも早すぎる。読書の速度というのは何に規定されているんだろう。

明日は静岡に行く。